ハンセン病療養所における生と再生

—個人情報保護とアーカイヴ化の可能性—

研究目的

1996年に「らい予防法」が廃止され、2001年にハンセン病元患者(ハンセン病回復者)への補償金支給が開始されたが、賠償請求の権利を放棄した人は全国に約400人いた。さらに2019年には元患者家族への国家賠償が認められたものの、賠償請求を躊躇する人が多い。自分がハンセン病にかかわる存在であることを周囲に隠しているからだ。今もなおハンセン病にかかわる社会的排除が厳然と存在している。本研究は以下の二つを目的とする。
【1】ハンセン病元患者、ハンセン病療養所入所者たちの生の軌跡を、療養所に保存されているデータのデジタル・アーカイヴ作業をとおして若い世代と共有する。
 ハンセン病者は療養所で人間らしい暮らしを再構築し、生きる意味を追求してきた(有薗2017)。その歴史に向きあうことの意義は、①同じ過ちや悲劇を繰り返さないこと、②他者と交流しながら、生きていくことの意味を模索する機会を得ることである。自己責任が強調され、非寛容な傾向が進む現代社会において、ハンセン病にかかわる人びとの生と自分の人生を交差させることで、生きる意味を再考することができる。
【2】個人情報保護の観点から、質的データの公共性・社会性をいかに実現するかを模索し、アーカイヴ・ルールの確立とアーカイヴ・システムの設立を試みる。
 日本最北端療養所・松丘保養園は110年の歴史をもち、文芸誌等の出版物を含め貴重な資料および『患者カード』などの過去の台帳が保存されている。これらの個人情報や資料にはハンセン病の社会史が刻まれ、社会性・公共性が備えている。名前や地域の匿名化により情報が失われれば、一人一人の生の軌跡を十分に照射できない。歴史的事実を次世代に正確に継承するためのアーカイヴ・ルールの確立とアーカイヴ・システムの設立が急務である。

研究方法

ハンセン病にかかわる個人的で社会的なデータをアーカイヴ化し、後世に継承するために4つの方法で実施する。
【1】歴史的なできごとをアーカイヴし、次世代へ継承を試みる3つのミュージアムと交流し、その思想と継承方法を学ぶ。①済州四・三研究所:1948年韓国・済州島で民衆が蜂起し、国家の弾圧で島民の5人に1人が犠牲となった。慰霊祭・遺骨発掘などにより事件の歴史的意味を次世代へ継承している。②アウシュビッツ博物館:生還者たちが高齢化する今、ホロコーストの歴史を伝える担い手を、若い世代に託す試みをしている。③キガリ虐殺祈念館:1994年に約80万人が虐殺されたルワンダでは、地域コミュニティで加害者と被害者が共生するためのワークショップを実施している。
【2】社会交流会館・学芸員(澤田)と弘前大学(白石)が中心となり、社会調査実習を履修する大学生たちと共に歴史資料の整理を実施する。
【3】『患者異動日誌』『患者収容書類』『本籍別患者名簿』『死亡患者名簿』『患者カード』『納骨名簿』『死亡届け綴』など過去の台帳の確認作業をし、デジタル・データ化する。
【4】現在の入所者の語りの蓄積
 聞き手、聞き取り状況、聞き手のコメントを聞き取り順に記入できるソフトを開発する。